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天才

コムギに関して、考察と言うか、
自分が考えさせられたことをまた少し書きました。

続きを読むから。
※単行本30巻分のジャンプ本誌ネタバレを含みます。ご注意ください。
.




「命です」


24巻249話、コムギが身の上を語ったシーン、衝撃を受けました。
『常住死身』→いつだって死んでいる覚悟。
もう武士の思想です。

そのコムギの告白は王様にも大きな影響を与えていきます。
「人間は本当に痴愚生物なのか?」
「自分はいったい何のために生まれて来たのか?」
っていう、人間への評価と自己のアイデンティティーに対する疑問が王様の中に生まれ、
その価値観を根底から揺さぶられていくことになりました。


私も、確固たる自己を持ち、自分の生き方を確信している彼女に
なんて高潔なんだろう…!!と感動したのを覚えています。
それからずっとコムギに関しては、同情というよりも尊敬の念の方が勝っていました。

そして同時に、憧れました。うらやんでいたとも言えます。
過酷な生い立ちと引き換えだったとしても、それによって得ることができた
軍儀への情熱と天賦の才能を、単純に羨ましく思いました。

別作品ですが、ガラスの仮面の北島マヤにも同じことを感じました。
演劇や音楽や芸術など…何か創作物を通じて自己表現し、世間に認知されたいと思う人なら、
天才への憧れって、多少なりとも持つ感情なのではないでしょうか。
…ないかな?

その抱いた憧れが間違いだとは思いませんが、
想像が足りず、一部しか見えていなかったと今では感じます。


317話のコムギの嬉しそうな顔や「ウズウズ」を見てると、
本当にコムギは軍儀が好きで好きでたまらなかったんだなと、改めて思います。

もしコムギが他の、もっと平和な場所で生まれていたら、
思い切り、ただ好きなように軍儀を打てていたかもしれません。
たとえ今ほどの才能は開花しなかったとしても。

でも、コムギはああいう身の上で生まれてしまった以上、
死を覚悟しなければ軍儀を打てませんでした。
そこまで自分を追い込まなければ、軍儀を打つことを許されなかったし、
自分が軍儀を打つ事を許せなかったのではと思います。

でもそれはある面で悲しいことです。
コムギからしたら、好きな軍儀を気ままに打てる環境が、羨ましいはずです。

例えば私は絵を描くことが好きで、思いついた時に気ままに楽しく描いたりしてます。
でも世界には、絵を描くことが好きで好きでたまらないのに、それが出来ない人がきっといます。
どんなに絵を描くことが好きで才能があっても、
絵を描く為には、多くのものを捨てなければならない状況に置かれている人が。
天才じゃなくても好きなことができて、こうして表現できる場があることは本当に幸福なことです。
自分はすごい恵まれています。
そんな当たり前の事にいまさら気が付きました。


王と出会う以前の、コムギの武士の様な生き方が、気高いものだったという考えは変わりません。

でもやはり、王様と出会うことで、
ただ二人で軍儀を打つ事を心から愉しみ、それが幸福だと感られたこと…

そう、「軍儀を打つ事がただ楽しい」その境地に達することができたことは、
コムギにとって本当に救いであり、尊いものだったと思います。
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